「ウクライナ避難民への医療提供から見える これからの外国人診療で大切なこと」

  • 2024.07.10

    インタビュー

本インタビュー企画について

メディフォンは、2024年1月に遠隔医療通訳サービス提供開始から10周年を迎えました。
ひとえに皆様のお力添えの結果と深く感謝申し上げます。

多言語医療ジャーナル『PORT』では、有識者の方々や当事者の方々にインタビューをおこない、多文化共生時代を前提としたこれからの医療の在り方について、読者の皆様と一緒に考えていきたいと思います。

今回お話を伺うのは、関西医科大学総合医療センター小児科部長の石﨑優子先生と、同院メディカルクラークのディオリベイラ中村房美氏です。

インタビューでは、お二人が取り組む「ウクライナ避難民を対象とした医療情報の提供および対面診療」の詳しい内容と共に、医療提供の事例から見える外国人診療の課題や今後の展望についてお話を伺いました。

石﨑優子(いしざき ゆうこ)先生

関西医科大学総合医療センター 小児科部長

関西医科大学医学部医学科卒業。小児科と心身医療科(心療内科)の専門医資格を持ち、診療現場で活躍する傍ら、子どもの心と身体の健全育成に関する研究をおこなう。日本財団採択事業「ウクライナ避難民を対象とした医療情報の提供および対面診療」では、関西医科大学総合医療センターのプロジェクトマネージャーとして統括をつとめる。
関西医科大学小児科学教室 診療教授。日本小児科学会理事。

ディオリベイラ中村房美(でぃおりべいらなかむら ふさみ)氏

関西医科大学総合医療センター メディカルクラーク 日本財団採択事業「ウクライナ避難民を対象とした医療情報の提供および対面診療」では、関西医科大学総合医療センターの実務担当として対外折衝や患者対応をおこなう。

事業のはじまり 言語の壁で避難先での医療アクセスに課題

PORT編集部(以下、PORT):お二人は「ウクライナ避難民を対象とした医療情報の提供および対面診療」事業※のメンバーとして、ウクライナ人の患者さんに医療を提供されてきたと伺っています。ウクライナ避難民の患者さんを受入れることになったきっかけを教えていただけますか。

石﨑先生:事業の発端は、東京慈恵会医科大学(以下、慈恵医大)の先生が、言語の壁により医療アクセスに課題があるウクライナ避難民を支援しようとアイデアを出されたことです。慈恵医大のすぐ近くにある日本財団が実施する「ウクライナ避難民支援 助成プログラム」に「ウクライナ避難民を対象とした医療情報の提供および対面診療」という事業で申請をしたところ、助成プログラムに採択されました。2023年1~2月頃に避難民の医療アクセスに関する実態調査を行い、2023年3月に当院で最初の患者さんを受入れました。

事業の体制としては、慈恵医大が事務局を、私たち関西医科大学総合医療センターとくぼたこどもクリニックが実際に診療を担当する、という形で役割分担をしていました。私たちの病院に来る患者さんは、日本財団から配布されたチラシを見たり、実際に来院した人からの評判を聞いたりして来院されています。

※「ウクライナ避難民を対象とした医療情報の提供および対面診療」(日本財団の助成による事業)は2023年度で終了。関西医科大学総合医療センターでは、その後もメディフォンの医療通訳などを活用し、ウクライナ避難民への医療提供を続ける。(2024年6月現在)

石﨑先生

対応事例 言語や制度の違いを乗り越える難しさ

PORT:事業の一番大きな取り組みとしては、ウクライナ避難民の方々に医療を届けられたことかと思います。メディフォンもウクライナ語などの通訳提供を通じて関わらせていただきましたが、実際に対応された中で、好事例があれば教えていただけますでしょうか。

石﨑先生:事業を始めた頃、重症心不全の状態で来院された男性は、上手く受入れられた事例になるかと思います。ご本人は日本語も英語も分からず、症状も深刻で、もう治らないと思われる状態でした。

ディオリベイラ中村氏:ご本人は、心電図やCTなどの検査をとても怖がっていました。ウクライナにいた頃に受けた検査では、一瞬意識がなくなるくらい電流が強く流れた経験があったとのことで。そこで、メディフォンの医療通訳やCTの機械に付いていた多言語機能を活用することで、患者さんに了承を得ながら検査を進めることができました。

石﨑先生:その後は病院長自らが診てくださって。お薬を変えたらみるみる良くなりました。あの患者さんは、当院にいたから助かったのではないかと思います。

PORT:ありがとうございます。一方で、対応が難しかった事例があれば、お聞かせいただけますでしょうか。

ディオリベイラ中村氏:病的な所見のない肥満で来院された、若い男性の方ですかね。ウクライナと日本の保険診療システムの違いを認識していただくのが難しかったです。

その方は、瘦せて健康になるためのアドバイスが欲しいとおっしゃっていたのですが、日本では病的な所見がなく高度ではない肥満の診療は保険の対象外になります。何度も何度もメールやお会いした時にお伝えしたのですが、伝わらない。

私たちもそうだと思いますが、海外で受診する時も、自分の国と同じように薬をくれるだろう、検査を受けられるだろうと思ってしまうのだと思います。

ウクライナの医療体制や保険診療のシステムが日本と全然違うのかもしれませんが、理解の差をどう埋めていくのか、この患者さんの対応では特に難しかった点でした。

ディオリベイラ中村氏

患者さんに医療や居場所を届ける 院内への波及効果も

PORT:ウクライナ避難民の方々への医療提供の成果や、実施された意義についてもお伺いできますでしょうか。

石﨑先生:患者さんに対しては、行き場がなかった患者さんに医療や居場所を提供できたことですかね。重症心不全の方は、当院に来なければ命が危なかったと思います。

肥満の方は、たぶん話し相手がほしかったんです。彼は、「お前だけとりあえず助かるように」と言われ親族にウクライナから送り出されて、日本に来ていて。恐らく友達もおらず、1番最初に来院した際は、日本語も英語も話せない状態で大きな不安を抱えていらっしゃるようでした。

しかし、受付から診察まで丁寧な対応を受けたことで安心されたようです。当院を信頼していただいたのか、彼はその後も通院を続けていました。

石﨑先生:院内に対して良かったのは、外国人診療のハードルが少し下がったと思われることです。

院内で事業の噂を聞いて、こういう支援をやりたかったと言ってくれた人が何人もいて。事業を応援して手を回してくれたり、何かあったら声かけてと言ってくれたりする人もいました。

ウクライナ避難民支援という、皆がやってみたいと思える支援をはじめたことで、院内で外国人診療へのハードルが下がったのではないかと思います。その意味では、私たちの病院にとってもメリットがありました。

重要なのは患者さんに寄り添うコミュニケーション

PORT:外国人診療全般という捉え方をした時、診療を行う上で重要なポイントや課題があれば、お聞かせいただけますでしょうか。

ディオリベイラ中村氏:医療者が、日本人の患者さんに当たり前に求めている考えやスタンスを、外国人患者さんの思いとすり合わせる必要があると思います。

日本人の患者さんは、治療の判断を医療機関の先生や看護師さんに任せることが多々ありますが、国によってはそうではありません。患者さんが自分の病気に関してよく理解されていることが多いし、どのような治療ができるのか突っ込んで聞いてくる人も多いです。医療機関の先生によっては、そのことで外国人患者さんは対応に時間がかかると思われてしまうこともあります。

ですから、自身の病気や治療方法への関心が高い外国人患者さんが来た際に、患者さんの姿勢や診療時間の長さからくる診療科の負担をいかに減らせるか、考えなくてはいけません。

石﨑先生:患者さんによっては、病状や治療方法について詳しく説明しても、医師が勧める治療を選ばないという方もいます。提示された治療をしないと治らないと分かったとしても、そこまでして生き長らえたくはないという思いを持っていることもあるんです。

ディオリベイラ中村氏:日本人の医療者からすると、提示した治療をしたら助かるのだから、なぜやらないのかと思う。なかなかお互いの言っていることが理解できないケースもあります。

石﨑先生: 医療機関側は、タブレット端末を置いたら全て解決すると思っている方がすごく多い。でも、実際はそうではない。患者さんは考えを持っていますし、感情も信仰もある。だから、患者さんの背景や文化、価値観を含めてコミュニケーションを取っていくことが必要だと思います。

医療通訳は患者さんの背景や文化、価値観を汲み取って通訳してくれるので、とてもありがたいです。以前は、私たちの病院も機械翻訳の端末が1つあるから大丈夫という雰囲気がありましたが、実際には機械翻訳だけでは対応しきれない場面がとても多くあります。ウクライナの事業でメディフォンの医療通訳を入れたことで、機械翻訳では対応が難しいケースもカバーでき、これは便利だと皆が認識してくれました。

左:石﨑先生、右:ディオリベイラ中村氏

外国人の来院が当たり前になる中で

PORT:最後に、今後の外国人診療に関してお考えがあれば、お聞かせください。

ディオリベイラ中村氏:外国人の方が病院に来てもらいやすくなるように、そして日本人の医療者が外国人の方を診るハードルを感じにくくなるように、お互いの垣根をどこまで下げられるかが大切です。そのために、医療通訳や私たち医療事務が出来るサポートをしていきたいというのが、私の思いです。

石﨑先生:小児科医の立場としてお伝えすると、診療の場に外国人が当たり前に来るという認識を持たないといけないと思います。

インバウンドで来日する外国人観光客はどんどん増え、国内の労働力が足りないから、外国人材に来て働いてもらわないといけなくなります。小児科の診療現場では、たとえば、受診しに来た子どもや親御さんが、同性の医師に診てもらいたい、服を脱ぐのを嫌がるということがある。文化や宗教が関係してそういった心情を持っているかもしれないことを常識として知らないと、やっていけないのではないかと思います。

小児科医としては、外国人も含めて、子どもはとにかく普通に診られるようにしないといけないというのが、私の思いです。





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著者情報

多言語医療ジャーナルPORT(ポルト)編集部

メディフォンは2014年1月のサービス開始以来、医療専門の遠隔通訳の事業者として業界をけん引してきました。厚生労働省、医療機関、消防などからのご利用で、現在の累計通訳実績は10万件を超えております。「多言語医療ジャーナルPORT(ポルト)」は、メディフォンがこれまでに培った知識・ノウハウをもとに、多言語医療に携わる方々のための情報を発信するメディアです。