医療ツーリズムの現状|世界・日本の状況や問題点を解説

  • 2024.11.26

    医療ツーリズム

日本で注目を集めつつある医療ツーリズムですが、世界的にも盛り上がりを見せています。
本記事では、医療ツーリズムの世界の状況に加えて、日本の現状と問題点について解説します。

医療ツーリズムの目的

医療ツーリズムとは、疾病の予防・発見・治療のため、国外に医療や健康に関連するサービスを受けに国外に行くことを指します。
医療ツーリズムに参加する目的は、大きくは以下の3つに分かれます。

目的①自国では受けられない高度な医療サービスを受けるため
目的②自国より安価に医療を受けるため
目的③自国より早く医療を受けるため

そのほかに、観光の目的が強い方もいます。差し迫った治療の必要がないような、たとえば予防医療の一環として健康診断等を受けることを目的としている方の中には、医療と同時に観光を目的としている人も多くいます。

医療ツーリズムの現状|世界

地域医療優先の前提を確保しながら余剰資源を有効活用するという観点から、日本で注目を集めている医療ツーリズムですが、世界でも関心が高い分野となっています。まずは、世界における医療ツーリズムの現状について解説していきます。

医療ツーリズムは世界全体で年間1400万人!?

メディカルツーリズム協会(MTA)の推計によると、世界全体で医療ツーリズムに参加する人は年間1400万人にものぼります。医療ツーリズムはグローバル化や医療技術の向上を背景に、流行しています。

アジアでは医療ツーリズムが盛ん

医療ツーリズムは、欧米などではもちろん、近年ではタイ・シンガポールなどのアジアでも盛んです。2012年の日本政策投資銀行のレポートによると、2010年にタイは年間で約150万人、シンガポールは約70万人の医療ツーリストを受入れています。
なお、日本の医療ツーリズムの年間の受入れ人数は、JIH(Japan International Hospitals)の2019年の報告では約4,000人と言われています。日本に比べると、タイやシンガポールでは医療ツーリズムが非常に盛んであることが分かります。
その背景には、タイやシンガポールの医療技術が高い一方、費用は抑えられていることにあるでしょう。

以下に、国際的な医療施設評価に関する認証のJCI(Joint Commissional International 以下JCI)を取得している医療機関の数を国別に表しました。

参考:Joint Commission International|HPより作成

グラフを見るとタイは他の東南アジア・東アジアの国と比較するとJCI認証を取得している医療機関が多いことが分かります。医療ツーリズムを積極的に受け入れている国の医療機関は、JCIのような国際的な認証制度を取得して医療の質の高さを海外にアピールし、集患に役立てています。

また、医療費に関しては、以下のグラフに手術の種類ごとの医療費の比較を示しました。

参考:OECD|Medical Tourism: Treatments, Markets and Health System Implications: A scoping reviewより作成

アメリカは医療費が高いと知られており、やはりタイやシンガポールの方が手術費用を安く抑えやすいことが分かります。一方、イギリスなど医療保険が整備されている国では、手術費用が特別高いわけではありません。

しかし、イギリスなど医療保険が充実している国では、たとえば大病院で手術を受けようとしても、数カ月待つ必要がある場合があります。そのため、素早く医療を受けるという理由で医療ツーリズムで海外に行く人も増えています。

上記のように、医療ツーリズムで海外に行く理由としては、高い医療技術がある前提で医療費を安くするため、あるいは医療を早く受けるため、などがあると言われています。

【補足】JCI(Joint Commission International)とは
JCIとは、Joint Commissional Internationalの略で、世界で最も厳しい基準を持つ医療施設評価機関の1つです。患者の安全性や医療品質などを評価し、安全な医療を提供していると認められた医療機関にのみ与えられる認証です。日本では、2009年に千葉県鴨川市の亀田メディカルセンターが最初に認証を受けています。

タイにおける医療ツーリズムの取り組み

タイでは国を挙げて医療ツーリズムの受入れを促進しています。
タイは1990年代末のアジア通貨危機による自国通貨の暴落を背景に、外貨獲得を目指して医療ツーリズムに着目しました。2002年に「医療ハブ」構想を発表し、以降国策として医療ツーリズムの受入れを推進してきました。たとえば、医療ツーリストへのビザ手続きを簡素化するなどインフラを整備しました。

また、タイは医療機関も医療ツーリストの受入れのための体制整備を積極的におこなっています。たとえば、年間52万人の外国人患者を190か国から受入れているバムルンラード病院では、医療通訳者が150名以上いるほか、空港送迎などのサポートサービスも充実させています。また、国外専門のマーケティングチームによって集患にも力を入れています。

国際比較をする上での注意点としては、タイなどアジアの多くの国では医療機関も株式会社であり、利益を追求し、利益のための広告や患者の誘致・勧誘ができます。そのため、日本の医療機関が海外の医療機関をそのまま参考にすることは難しいのが現実ですが、医療ツーリズムをおこなう上ではこうした世界の医療機関と比較され得るということを理解しておくことは重要です。

医療ツーリズムの現状|日本

一方、日本の医療ツーリズムの現状はどのようなものでしょうか。

「医療滞在ビザ」で日本に来る人は一年で2,000人弱

日本における医療滞在ビザの取得人数の推移を以下のグラフに示しました。医療滞在ビザとは、日本において治療等を受けることを目的として訪日する外国人受診者や同伴者が長期滞在する際に発給されるもので、2011年に新たに創設されました。

参考:ビザ(査証)発給統計 | 政府統計の総合窓口より作成

医療滞在ビザは、長期滞在ができたり付き添いの人についても同時に滞在が認められるなど、日本で長期の治療をする人にとって魅力的なビザですが、取得の手間や費用などの関係から、日本に医療ツーリズムで訪れる人の一部しか取得をしていないのではないかとみられています。

上記のグラフを見ると、医療滞在ビザの発給数は年々増加しているものの、約2,000件と件数はまだまだ諸外国に比べると少ないのが実情です。一方で、実際には、観光などの短期滞在ビザなど他の在留資格で入国して日本で医療を受けている人が多く、医療滞在ビザ発給の数よりはるかに多くの方が日本での医療ツーリズムを実施していると考えられている点には注意が必要です。

日本に医療ツーリズムで来るのは中国人が約半数

国籍ごとの医療滞在ビザの発給数を以下のグラフに示しました。

参考:ビザ(査証)発給統計 | 政府統計の総合窓口より作成

上記のグラフを見ると、医療ツーリズムで来日する人の国籍は、中国が半数以上、ベトナムが3割以上を占めていることが分かります。

中国やベトナムからの医療ツーリズムの来日が多い理由の一つに、医療従事者の数や医療資源の差が大きいことが挙げられます。以下に、日本・中国・ベトナムの3カ国について、人口1,000人当たりの医療従事者の数と病床数を表したグラフを記載しました。

参考:世界銀行|Nurses and midwives (per 1,000 people) – China, Japan, Vietnam | Dataより作成

中国では医師数は近年増加しており、日本と大きくは変わらない状態になっていますが、そのほかの医療従事者の数や病床数においては、大きな差があることが分かります。ベトナムでは、医師数、看護師・助産師の数、病床数すべてにおいて、日本よりも人口比割合が非常に少ないことがわかります。自国の医療従事者の数や医療資源が十分ではないことが、医療ツーリズムで日本に来日する理由の1つと言えるでしょう。

医療ツーリズムの日本における市場規模は2020年時点で5,500億円と試算

古い資料ですが、2012年に日本政策投資銀行が発表した試算では、2020年の潜在的な市場規模は約5,500億円、2020年における経済効果は約2,800億円とされています。
現状では、日本の医療ツーリズムの受入れ人数は、タイやシンガポールと言った医療ツーリズムに積極的な国と比較すると少ないでしょう。しかし、日本の医療は技術力の高さと提供の素早さの点で世界的に非常に高いレベルにあります。また、日本は観光地としても多くの魅力を持っており、医療ツーリズムの成長可能性は高いと言えるでしょう。

医療ツーリズムの市場規模については以下の記事で解説しております。ぜひご活用ください。

医療ツーリズムの現状の問題点

医療ツーリズムは、年間に100万人を超える人数を受け入れている国もあるほど、世界的に注目されています。しかし、日本では医療ツーリズムについて日本人への医療提供が後回しにされる可能性が指摘されており、医療ツーリズム推進の際には注意を払う必要があります。

医療ツーリズムで受入れる外国人患者さんは日本の医療保険を持たないため、自由診療であり、医療機関が自由に価格を設定できます。また医療ツーリズムで来る患者さんは富裕層が多いので、医療機関にとっては価格を高く設定することで利益を確保することができやすくなります。そのため、外国人患者さんが優先され、日本人の患者さんが後回しにされるのではないかという不安を持たれる方もいます。
後回しにされるような事態を起こさないよう、保険診療の余白分で医療ツーリズムを受け入れるような仕組みを作ることが重要です。

また、地域住民の方が、「自分たちが後回しにされるのではないか」といった不安を抱く懸念もあります。そこで、地域住民への理解を得るための情報発信も重要になります。

たとえば、愛知県と医療機関が連携して創設された「あいち医療ツーリズム研究会」は、地域医療に影響を及ぼさない範囲で医療ツーリズムを実施するという提言を提出し、日本人患者さんが後回しにされないように医療ツーリズムを推進しています。 

医療ツーリズムの現状と今後の行方

医療ツーリズムに積極的な国では、年間100万人以上の医療ツーリストを受け入れています。アジアではタイやシンガポールが代表的で、国際的な医療品質の高さを保証する認証を取得し、品質の高さと安い医療費を売り出しています。
日本では、医療ツーリズムの受入れ人数は世界全体でみるとまだまだ小さい数字ですし、問題点も指摘されています。しかし、日本の強みを活かしつつ、問題点に注意を払いながら慎重に進めることができれば、医療ツーリズムがさらに成長していく可能性があるでしょう。


医療ツーリズムの現状については以下の資料でもまとめております。ぜひご活用ください。

著者情報

多言語医療ジャーナルPORT(ポルト)編集部

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