「外国人数の増加から考える、日本の医療の将来像と、今後の医師に求められること」

  • 2023.10.17

    インタビュー

本インタビュー企画について

来日する外国人の数は年を追うごとに増加しています。日本の人口減少が加速する中、外国人労働者の受入れが進み、また外国人観光客の数はコロナ禍前を超える勢いで回復中です。

医療の現場で外国人の患者さんを受入れる場面も増えると予想されており、日本人の患者さんのみを前提として作られ運営されてきた日本の医療制度・文化・風習は、柔軟な対応ができるよう一部変化を求められています

多言語医療ジャーナル『PORT』では、外国人医療の有識者の方にインタビューをおこない、日本の医療の課題や今後について考えていきます。

今回インタビューをするのは、移民の国イギリスでGP※(総合診療医、家庭医)の経験を持ち、現在はNTT東日本関東病院国際診療科で日々外国人患者さんを診察されている佐々江龍一郎先生です。
早くから先進的に外国人患者の受入れに取り組むNTT東日本関東病院は、メディフォン創業期よりさまざまな形で関わりを持ち、佐々江先生には同院着任間もない頃から、活動をご支援いただいていました。
佐々江先生に、日本の外国人医療の今後や日本の医療の国際化における課題を踏まえて、今後の医師に求められることについてお話を伺いました。

※「GP」とは
General Practitionerの略で、「総合診療医」「家庭医」などと訳されます。地域に密着し、地域住民の一次医療のほとんどすべてに対応する医師を指します。


佐々江龍一郎(ささえ りゅういちろう)先生

NTT東日本関東病院国際診療科部長

12歳で渡英。2005年英国ノッティンガム大学医学部卒業後、王立英国家庭医療専門医の資格を取得し、約7年ロンドンで家庭医として活躍。チャレンジ好きで、2016年日本医師国家試験に合格し、2017年に帰国、NTT東日本関東病院国際診療科の部長、総合診療医として勤務している。現在は東京医療保険大学臨床教授、フォーミュラリー学会理事など国際分野においても様々な分野でも活躍している。

 医療従事者専門サイト『M3』に連載を持ち、『日経メディカル』や『日経新聞』などにも掲載経歴があり。


友久甲子(ともひさ きのえ)

メディフォン株式会社 mediPhone事業部長
メディフォンの遠隔医療通訳サービスや外国人患者受入れに関する研修事業の立ち上げを経験。外国人患者受入れに関する研修・セミナーの運営や講義を数多く担当し、医療機関の外国人患者受入れ体制整備コンサルティングや外国人患者受入れマニュアルの作成支援等にも数多くの実績を有する。令和元年度・令和2年度厚生労働省「外国人患者受入れ医療コーディネーター養成研修事業」研修カリキュラムテキスト作成担当・研修講師。令和4年度厚生労働省「医療費の不払い等の経歴がある訪日外国人の情報の管理等に関する仕組みの運用支援事業」有識者委員。



日本の医療の将来と外国人医療の考え方|30年後には外国人が全人口10%を占める中で


友久 : 少子高齢化で日本の人口が減少していく中、新たな働き手として女性やシニアなどと並んで外国人の活躍が期待されています。日本が社会を維持していくために、今や外国人は必要不可欠な存在となっており、日本国内の外国人に健康に暮らしてもらうことは、ひいては日本社内・日本人のためにもなるとも言えます。

こうした前提を意識しているかどうかで、医療機関での外国人患者受入れに対する考え方も大きく変わってくると感じています。佐々江先生は、イギリスと日本の両国で医師としてのご経験をお持ちです。日本が今後、本格的な多文化共生時代を迎えるにあたって、外国人患者さんへの医療提供をどのように捉えていくべきだとお考えでしょうか。


佐々江先生 : 日本でも2050年までに700~800万人くらいまで外国人が増加すると予想されていますよね。もしかしたらもっと増えているかもしれません。2050年の日本の人口が8,000〜9,000万ぐらいだと考えると、外国人の方の割合はほぼ1割になるわけです。そうすると、どこに住んでいても外国人の患者さんがいるようになりますし、今のヨーロッパ並みになるかもしれないということです。

また、少子高齢化の影響で労働者が足りなくなっている中、一般的な労働者はもちろんですが、より重要になってくるのは高度人材でしょう。医療もそうですし、最近ではAIなどIT関係の高度人材は世界中で取り合いになっています。そういう人たちをどう日本に呼ぶかと考える際に、医療の環境整備の実施が1つ重要ではないでしょうか

外国人に来てもらえるように医療の環境整備をすることは、僕らや子どもの世代が裕福に暮らしていけるか否かの別れ目になると思います。だから、僕らが一人ひとり意識していかないといけないと思うんですよね。
もちろん急に変えるのは難しいですが、変えられるところは少しずつでも変えていくようにしないと、いざ2050年になったときにどうする、となっても遅いと思います。

このようなことを意識して、多様性を受入れるための体制整備を今からおこなうのが得策でしょう。

あと、若い世代は将来国際化していくことを意識して医療を学んだり、言語だけではなく様々なカルチャーを理解したり受入れることを今以上にやらなくてはならない世代なのかなと思います。


多様性を前提としたイギリスの医療制度・文化


友久 : 日本の外国人の割合は現在、日本全体で2.3%程度、東京でも4%ほどですが、徐々に増えてきています。イギリスは外国人の割合が10%を超えていて、日本にとって多文化共生社会の先輩にあたる国だと思っています。特に、イギリスは社会保険制度が充実した国でもありますので、日本が参考とすべき点が多いでしょう。
本日は、佐々江先生からイギリスの医療のあり方などをお伺いして、日本でも参考にできることはないか、考えていければと思います。

最初に、言語的なコミュニケーションにハンディキャップがある方に対する医療に関しては、イギリスでどのような環境や仕組みがあるのかお伺いしたいと思います。


佐々江先生 : もうご存じだと思いますが、イギリスは移民でできている国で、移民の歴史が非常に長いです。多種多様な人種がいて、ロンドンだとイギリス人は6割程度で外国人が3割を超えているとも言われています。だから、医療体制自体が「外国人がいる」という前提で成り立っています。医療者についても、3割くらいが外国から来ている状態です。


イギリス自体は公用語が英語なので、英語が通じやすいというのはあります。どの国から来ていてもやはり英語がそれなりに話せるので、上手くいくケースは多かったです。
ただ、やっぱり英語が話せない方もいて、その場合は家族の方が一緒に来られて通訳してくれたりしました。また、24時間無料で医療通訳サービスが病院や診療所に配置されていたので、手厚い言語のサポート体制の整備がおこなわれていましたね。

佐々江龍一郎先生

友久 : イギリスでは、医学部の教育などにおいて、異なる文化を背景に持つ方への対応のノウハウを学んだりするのでしょうか?


佐々江先生 : はい、外国人を診る機会があることが当たり前の環境なので多文化対応でつまずく人も多くいますし、国として様々な人種・カルチャーへの配慮をしないといけない、ということで、GPの教育でも配慮の方法についてのディスカッションが、常におこなわれていました。

例えば、イスラム教徒の糖尿病患者さんの断食をどうするのか、といった具体的な対応方法について学ぶこともありました。イスラム教の教えでは、健康にリスクがある場合には断食が免除されることになっています。イスラム教徒の糖尿病患者さんを診察する際は、医師から患者さんに断食の健康リスクを説明して治療にあたるということを学びます。
さらに、GPの後期研修では実地試験で多文化への配慮が出題されました。実際の問題として文化的に配慮が必要なケースが取り上げられ、それにどう対応するかが評価されます。試験で問われるので、医学生も自然と様々な人種・カルチャーへの配慮を学ぶことになるんですよね。


友久 : お話を伺っていると、本当にイギリスは外国人が当たり前にいて、多様性が前提となっている国だと改めて感じます。そのため、医療機関でも多様な言語や文化の人がいるということを前提として、さまざまな制度が設計されているのだろうと思います。
一方、日本ではまだ外国人の比率がイギリスに比べて低いこともあり、医療制度としても外国人の存在を前提としていません。そのため、医療機関にとって外国人患者さんを受入れることがメリットよりも負担の方が大きいと感じられることの方が多いというのが実情だと思います。

イギリスでは、人頭報酬という登録されている住民数に合わせた報酬と提供する医療サービスの質や成果に対する評価報酬があると思います。こういった医療制度になっていることで、外国人や文化の違う患者さん、つまり、受入れに通常よりも追加的な人手や時間がかかる患者さんでも積極的に受入れるメリットが医療機関側にあるのだろうなと想像しています。こうしたイギリスと日本の制度の違いについては、どのようにお考えでしょうか。


佐々江先生 : 日本とイギリスの医療体制を直接比較はできないですよね。
イギリスの病院の報酬制度は基本的に人頭払いで、評価報酬もそれに基づいています。そのため、お金を気にしないで検査したり、ニーズに合わせて治療を選んだりすることが一般的なのは一つの魅力かもしれませんね。あと、診察をたくさんしたとしてもお金がもらえるわけではないので、何をすればアウトカム(結果)として良くなるのかを見るため、効率的になる傾向にあると思います。


日本は非常に質の高い医療を提供している一方で、制度の課題として、医療へのアクセスへの障壁が低く、さらに出来高払いという点からコストを適正化できていないという問題があります。
多文化への対応についても、日本で上手く対応している医療機関もありますので、それにプラスアルファで他の国でやっているような良いものを取り入れていくのが、今後の日本の目指すべきやり方だと思います。


日本の医療の国際化について|日本の医療の素晴らしさと自己表現の重要性


友久 : 先ほど佐々江先生がおっしゃった通り、これからは高度人材の獲得競争が激しくなり、取り合いになっていくと思います。高度人材は世界のどこでも生きていけるので、国を選ぶ立場にあるでしょう。
そういった人たちに多くの国の中から日本を選んでもらうことを考えたとき、日本には住みやすさや治安の良さなどが魅力です。その中で、安心して暮らせることの一つとして、国民皆保険制度のおかげで、本来高額な医療費を軽減して質の良い医療が受けられる点も非常に重要だと思っています。

つまり、日本の国としての価値を上げるために医療が貢献できることも大きいと思うのですが、そのような感覚は医療界でも意識されている方はまだ少なく、すごくもったいないなと感じることがあります。


佐々江先生 : こんなに旅行者が来るのも日本に魅力が多いからですよね。安全だし、ご飯もおいしいし。

その割に日本で働きたいと思う人が少ないのは、さっき言っていた医療の話とか教育とかも関係あると思います。基本的に外国人がいる前提でシステムが作られていないので、外国から人を呼び込むためには多文化を織り込んだインフラを整えていかないといけないのではないかと思います。

友久(左)佐々江先生(右)

医療の話で言えば、日本には海外に誇れるものがたくさんあります。
例えば、ESDという低侵襲の胃がんや大腸がんの内視鏡治療の技術があり、日本では数多く実施されています。あと、肝がんの低侵襲の治療法であるラジオ波焼灼術などは、年間3万件以上やっていて世界一なんです。でもあまり知られていませんよね。

【補足】ESDとは
がん病変の粘膜下層にヒアルロン酸を注入して病変を浮かせた後に、高周波ナイフで切除する治療法のことです。日本語では「内視鏡的大腸粘膜下層剥離術」といい、日本で生まれた治療法です。
引用|Medical Excellence Japan「日本における医療の強み ガイダンス」

【補足】ラジオ波焼灼術とは
局所麻酔下に皮膚を2、3ミリ切開し、超音波画像でがんを確認しながら、直径1.5ミリの電極針を挿入し、ラジオ波を流して電極の周囲に熱を発生させ、がん細胞を破壊する治療法です。がん全体を残らず焼き切ればがんを治すことができます。
米国が14,400件、中国が9,500件、イタリアが5,600件に対し、日本は38,000件と世界でも際立って多くのラジオ波治療を実施していると言われています。
引用|順天堂大学大学院医学研究科「肝がんの患者さんへ | 肝がんラジオ波治療・マイクロ波治療(焼灼術)の解説」


日本の医療の素晴らしさは世界中でもっと知られてもいいとは思いますが、なかなか知られない大きな理由の1つは、日本と欧米のカルチャーの違いだと思います。欧米の人たちって自己主張が強いですよね。色々な人がいる中で、民主主義を健全に保っていくために、自己表現する社会であり、教育の中でディベートとか論述をおこなうのが当たり前なんですよ。

日本は、素晴らしいカルチャーを築いてきたと思いますが、自己主張・自己表現ではまだ課題が多いと感じます。論述は公平に採点できないから、とか政治性が帯びるから避けましょう、といったことが出てしまって、自己表現することがうるさいと思われてしまう傾向にあると思います。そういう意味では、欧米と日本はすごく対照的ですよね。

日本の良さが知られていない理由の1つは言語ですが、もう1つは、外に発信するような文化や体制、自己主張・自己表現のスキルがないことにあると思います。

外国人の患者さんの自己表現は医療関係者との衝突にすごく繋がりやすいと思うんですよ。
日本人のお医者さんには英語が喋れる人は結構います。だけど、口をそろえて「面倒くさい」と言います。何が面倒くさいのかというと、言語が違うという次元の問題ではなく、患者さん、特に欧米の患者さんは自己表現するという点で質問が多かったりするので、それがうるさく感じてしまうんですよね。
そこで、文化や考え方に違いがあることをある程度受容し、さらに自分たちも発信する力を磨いていくことが、外国人患者さんを受入れる中でも必要になります。

この自己表現というのは、患者さんの対応の中で必要なだけではなく、日本が今後大国として伸びていく中でも重要なテーマだと思っているんですよね。


友久 : 私も高校のときに1年間スイスに留学をしていたのですが、授業中にみんなガンガン手をあげて先生に「わからない」とか「テストが難しすぎる」とか日本人の感覚では「そんなこと堂々といっちゃうの?!」というような内容でも自分からどんどん発言するのに驚いた経験があります。「これが自己表現をする文化か」と思ってカルチャーショックを受けました。


佐々江先生 : そう、やっぱり欧米は周りの空気を読むという社会ではないですよね。
海外は直球で自分の意見を投げてきますが、日本人は慣れてはないでしょう。
この文化の違いを理解できるかどうかが、英語ができるけど苦手な人との分かれ目になっていると思います。理解できていると、これは向こうの社会ではcomfortable(心地良い)かな、などと感情を読むことができるわけです。


友久 : そう考えると、日本の医療機関で働く方にも、患者さんに阿吽(あうん)の呼吸のようなものを求めている部分があるかもしれません。


佐々江先生 : そうですね。
ただ、病院全体で海外でのコミュニケーションのスタイルでやるっていうのは、無理な話だと思います。


NTT東日本関東病院も最初から完全に国際化できていたわけではありません。国際診療科は2020年から設立されたのですが、当初はまだ国際室が十全に機能していませんでした。国際室は外国人に良い医療を提供するための部署ですが、少ない資源から始めないといけない状況でした。
その後、コアがしっかりしてリーダーシップがちゃんとうまく機能していくと、車輪がうまく回るようになりました。病院の全部をいきなり国際化しようというのではなく、一部からだけでも国際化していくというのは大事です

NTT東日本関東病院

友久 : 小さく始めてみるのはとても重要だと思います。院内の一部で小さく始めて「あそこでうまくいっているらしいよ」という状況ができる。そこでの小さな成功を学びに、徐々に広げたり、あるいは、集約したりを病院の事情に合わせてやっていくという考え方が、現実的な体制整備には必要不可欠だと感じます。いきなりは難しいですよね。

地方でも徐々に外国人の方が増えていますが、東京で外国人患者さんの対応をこのようにやっている病院がありますよと言っても、「東京の病院はね……」と返されてしまうことがあります。都心の病院だから、いきなりバーンと体制整備できたようなイメージを持たれることが多いんです。そのため、都心の先進的な病院でも、最初は小さな取り組みからだったということは是非知っていただきたいと思います。


これからの医師に向けてのメッセージ|多様性を受容できるために重要なこと


友久 : 冒頭で、特に若い人には多様性を理解し、受容する力が必要だという話がありました。最後に、今後外国人医療に携わる医師・医療者に向けて、メッセージを頂ければ幸いです。


佐々江先生 : 外国人の医療というのは、国内で医療をしていく中でも絶対に求められる場面が来るので、意識をしておくことが重要です。

色々なことを経験して、多様性というのはどのようなものか、受容しながら自分もその多様性に応えられるようになるようになるのが必要です。もし学生であれば、海外に出たり、留学したりという経験を積むのも良いでしょう。また学生でなくても、海外で働くなど、実際に経験をして肌で感じることが重要です。そして、外国の方と接する経験を積んだ人たちが、今後日本の良い医療を海外に持っていったり、逆により良い医療を日本に持ち帰ったりすると国益にもつながっていくのではないかなと思います。






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著者情報

多言語医療ジャーナルPORT(ポルト)編集部

メディフォンは2014年1月のサービス開始以来、医療専門の遠隔通訳の事業者として業界をけん引してきました。厚生労働省、医療機関、消防などからのご利用で、現在の累計通訳実績は10万件を超えております。「多言語医療ジャーナルPORT(ポルト)」は、メディフォンがこれまでに培った知識・ノウハウをもとに、多言語医療に携わる方々のための情報を発信するメディアです。