「『医療通訳者の仕事』著者に聞く 医療現場で言葉をつなぎ続けた今、伝えたいこと」

  • 2024.09.05

    インタビュー

本インタビュー企画について

メディフォンは、2024年1月に遠隔医療通訳サービス提供開始から10周年を迎えました。
ひとえに皆様のお力添えの結果と深く感謝申し上げます。

多言語医療ジャーナル『PORT』では、有識者の方々や当事者の方々にインタビューをおこない、多文化共生時代を前提としたこれからの医療の在り方について、読者の皆様と一緒に考えていきたいと思います。

今回お話を伺うのは、医療通訳者で『医療通訳者の仕事』(風詠社)著者の中萩エルザ様です。
インタビューでは、中萩様が医療通訳者になった経緯や遠隔医療通訳と対面通訳の違い、医療通訳者へのアドバイス、そして医療従事者に伝えたいことなどについてお話を伺いました。

中萩エルザ(なかはぎ エルザ)様

日系ブラジル人2世。1985年にブラジルで医師免許を取得。2022年12月、脳神経科学大学院を卒業し、修士号取得。1996年7月から現在まで「在名古屋ブラジル総領事館 在留市民協議会」の医師を務めながら、20年以上にわたりポルトガル語・スペイン語・英語の医療通訳者として活躍。多数の教育機関や自治体で医療通訳研修の講師を務める。著書に『医療通訳者の仕事』『医療専門用語辞典』、訳書に『日本での子育て』等多数。

ブラジルで医科大学を卒業 日本で医療通訳者になるまで

PORT編集部(以下、PORT):
医療通訳者として活動されるようになった経緯について、教えていただけますでしょうか。

中萩様:まず、日本に来た経緯から話します。私はブラジルで医科大学を卒業後、研修医をしている際に結婚をし、来日しました。

最初は日本で医師免許の取得を目指し、予備試験※を受けたのですが、来日した当時は上手く読み書きができず不合格でした。そのまま専業主婦として過ごしました。

育児の手が離れ、日本語を勉強する時間を取れるようになったので、元々持っていた医学の知識と語学力を活かそうと思い、医療通訳の道に入りました。

※外国において医科大学(医学部)を卒業または医師免許を取得した人などを対象におこなわれる試験。同試験に合格した後、一定の条件を満たすことで医師国家試験を受験することが可能になる。
参考:厚生労働省「医師国家試験受験資格認定について」

医学生時代の中萩様

PORT:現在は医療通訳者として多くの現場で活躍されていますが、どのような経緯で活動の幅を広げられたのでしょうか。

中萩様:最初の頃に対応した2つのケースがきっかけとなり、多くの依頼を受けるようになりました。

1つ目は、寄生虫に感染した患者さんのケースです。ある病院から連絡があり、寄生虫による症状と思われるが対処方法がわからない、これはブラジルでよくある病気なのかと相談されました。ブラジルではよくある症状だったので病院に助言をしたところ、病院側は患者さんに適切な治療をすることができました。

2つ目は、肝臓移植が必要だった患者さんのケースです。診療時の医療通訳に加えて、結果的にブラジルで移植手術を受けることになったため、転院手続きのためのブラジルの病院とのやり取りにおいても通訳をおこないました。結果的に、転院と肝臓移植は成功し、患者さんはその後元気に過ごされたとのことです。

2つのきっかけがあり、在名古屋ブラジル総領事館から医療通訳が必要なブラジル人が多く、対応を手伝ってほしいと依頼がありました。それからはボランティアの医療通訳者として多くの現場に行くようになり、今に至ります。

医療通訳者として大切なこと・気を付けていること

PORT:医療通訳をされる上で大切にしていることは何でしょうか。 

中萩様:患者さんと自分自身の距離感です。距離を縮めすぎると必要以上に親しくなり、プライベートの話を知りすぎてしまうこともあります。一方で、 遠すぎると冷たいと思われてしまうので、患者さんとの距離感が重要です。

また、患者さんにとって問題が起こった際、対処方法を考えて提案することも大切だと思います。通訳者なので直接は言いませんが、必要に応じて医療従事者から言ってもらうよう、促します。

PORT:通訳者としてスキルアップするために、努力されていることがあれば教えてください。

中萩様:言語と通訳の勉強です。

言語の勉強としては、通訳で使うどちらの言語でもニュースを見たり、講座を受けたり、情報を得たりするようにしています。通訳の勉強に限れば、ある文章をどう訳すか、考える訓練をしています。

言語や通訳のみを勉強するのではなく、自分の興味のある分野を通して言語を勉強すると良いのではないでしょうか。

あとは時々テレビっ子になって、頑張るエネルギーを充電することも大事だと思います(笑)。

講師を務められた医療通訳の勉強会の様子

PORT:中萩様は、遠隔の医療通訳も数多く対応されているかと思います。電話やビデオでの遠隔通訳と現場に行く派遣通訳とでは、通訳する際に気をつけるポイントは違いますか。

中萩様:違うと思います。

遠隔通訳では、「にっこりしている」「心配そうに寄り添ってくれている」といった様子を声のトーンで分かるようにします。対面式の派遣通訳であれば相手の様子が見えますが、遠隔通訳では声しか情報がないので、声でのサポートを何倍にもしなくてはいけません

また、遠隔通訳では医療従事者の協力も重要です。通訳だけでは伝わりにくい部分があれば、お医者さんに手の動きを付けて説明していただいたり、受付の方にメモを書いていただいたりするなど、現場にいる方々の協力も必要です。

一方、現場に行く派遣通訳では、その場で使える手段全てを用いて通訳すると良いでしょう。過去に認知症の老人の方に対応した事例がありました。日本語が分からないことに加えて認知症だったために、患者さんも医療従事者も私も、意思疎通ができませんでした。

そこで大きい白い紙に絵を描いて、今はこの話をしていますというふうに、目で見て伝わりやすいように工夫しました。このようにして、医療従事者が伝えたい事が上手く伝わらない場合や、患者さんが伝えたいことが読み取れない場合は、通訳者が要点を絞れるようにサポートすることもできます。

医療従事者の方々へ伝えたいこと

PORT:医療通訳をする上で、医療従事者の方々に工夫してもらいたいことはありますか。

中萩様:伝えたいことの優先順位を決めて、短く言うことです。

リテンション※には限りがあるので、どんなに優れた通訳者であっても一文が長いと省いてしまう部分が出てきます。通訳の省略を防ぐためには、短く区切って言うことが効果的です。伝えたいポイントを箇条書きにして、優先順位を決めることも良いでしょう。

※聞いた話を一言一句正確に記憶する、通訳の基礎技術。

PORT:日本の医療従事者の方々に伝えたいことがあれば、お伺いできますか。

中萩様:私は日本の医療に非常に感謝しています。検査の技術も非常に発達していますが、もう少し「臨床の目」を活かすと良いのではないかと思います。臨床で患者さんをよく見て、患者さんの言葉に耳を傾ける。そうすれば、より早く診断できたり、治療もより簡単になったりするのではないでしょうか。

講演する中萩様

また、医療従事者の方々と外国人患者さんがそれぞれの国の違いを理解しようとすると良いと思います。

たとえば、日本では挨拶するときは相手と距離を取りますが、ブラジルでは患者さんが来た際、お医者さんが「いらっしゃい」と言ってハグをすることが多いです。ですから、ブラジル人が日本の医療機関に行くと、冷たい対応をされていると感じる場合があります。

患者さんは日本ではスキンシップが少ない文化なのであって、冷たい対応をしているわけではないと理解する必要があるのではないでしょうか。一方の医療従事者側も、「熱が出ているの?まあまあ、大丈夫!」などと明るく声をかけることで、患者さんの心が楽になるでしょう。

患者さんも医療従事者の方々も、お互いの国民性を説明し、理解し合えれば大丈夫だと思います。

日本の医療通訳業界の課題と取り組み

PORT:日本の医療通訳業界で、課題だと思われることは何でしょうか。

中萩様:まずは、医療通訳者に支払われる報酬についてです。

会議通訳にしても法廷通訳にしても、報酬相場は決まっています。ですが、医療通訳は決まっていない。雇用形態も決まっていないケースが多いので、医療通訳の収入だけで自立することが難しいのが現状です。

また、医療通訳者の家族からの理解や協力が前提になっている点も課題ではないでしょうか。

医療現場では夜中まで色々なことが起こりますが、交代する通訳者がいないケースがほとんどです。その結果、当初はすぐに終わる予定だったとしても、最終的には夜遅くまで対応を依頼されることも少なくないため、家族の理解や協力が不可欠なのです。

そして、質の良い医療通訳者を育てることも必要でしょう。

現状、医療通訳養成講座を開いても、なかなか受講者が集まりません。通訳者の中でも、「医療は敷居が高い、血を見るのが嫌だ」という人が多いのかもしれません。

そこで、医療通訳を身近に感じていただくために、最近本を出版しました。

私が医療の現場に関わり続けたいと思うのは、医療には敵がいないからです。敵や味方などはなく、現場にいる関係者全員が患者さんのために集中する。私は医療のそういったところが素晴らしいと思っています。

本を読んで医療通訳の仕事に興味を持っていただけたら嬉しいです。

ご著書『医療通訳者の仕事』(風詠社)は2024年6月に発売

PORT:ありがとうございます。最後に、読者の方にメッセージをお願いします。

中萩様: 自分は何のために生まれてきて、何をしていかなくてはいけないのか、考えてほしいです。たとえば、言語が大嫌いな人に通訳を目指してくださいというのは難しいかもしれませんが、言語が好きなら自分自身でそれが分かると思います。

何に取り組むのか優先順位を決めて、突き詰めていけば、自分自身のベストを尽くすことができるのではないでしょうか。

著者情報

多言語医療ジャーナルPORT(ポルト)編集部

メディフォンは2014年1月のサービス開始以来、医療専門の遠隔通訳の事業者として業界をけん引してきました。厚生労働省、医療機関、消防などからのご利用で、現在の累計通訳実績は10万件を超えております。「多言語医療ジャーナルPORT(ポルト)」は、メディフォンがこれまでに培った知識・ノウハウをもとに、多言語医療に携わる方々のための情報を発信するメディアです。