国際看護学の授業を通して学生と様々な分野・世界をつなぐ

  • 2024.03.14

    インタビュー

メディフォンは、2024年1月に遠隔医療通訳サービス提供開始から10周年を迎えました。
ひとえに皆様のお力添えの結果と深く感謝申し上げます。

 多言語医療ジャーナル『PORT』では、有識者の方々や当事者の方々にインタビューをおこない、多文化共生時代を前提としたこれからの医療の在り方について、読者の皆様と一緒に考えていきたいと思います。

この度は、山梨県立大学で急性期看護などを専門としつつも、国際看護学の講義も担当されている井川由貴先生にインタビューをおこない、国際看護を学ぶ意義や、多文化共生時代に向けて今後の医療者や教育に期待したいことなどについてお話しいただきました。


山梨県立大学 看護学部准教授 井川由貴先生

大学で外国語学部を卒業後、商社に就職。
しかし、人の生活や健康に直接介入する仕事がしたいと思うようになり、看護学を学び始め、その面白さに触れる。
大学卒業後、山梨医科大学大学院で看護学修士課程、山梨大学大学院で医科学博士課程を修了。
その後は山梨県立大学で教鞭をとり、現在に至る。

演習授業時(井川先生:後列左から4番目)

国際看護学との関わりについて

Q. 現在の先生の国際看護学との関わりについて教えてください。

山梨県立大学で、国際看護学の講義と、国際保健医療演習という実際にラオスに行ってフィールドワークをする授業を担当しています。

国際看護学の授業で遠隔医療通訳のシミュレーション演習をおこなう際、遠隔医療通訳を長年おこなっているメディフォンさんに協力を依頼しました。

Q. 国際看護学の授業というのは多くの大学でおこなわれているのでしょうか?

はい、多くの大学で国際看護学の授業がおこなわれています。しかし、その様式は大学によって様々で、国際看護学の単位を必修にしている大学もあります。山梨県立大学では、現在は選択科目となっています。

国際看護学の定義の広さ

Q. 国際看護学の講義を担当されるようになった経緯を教えてください。

私が最初から携わっていたわけではないんですよね。外国語や途上国看護の実践を専門にしていた先生方が、山梨県立大学での国際看護学の開講申請を文科省にし、授業として構築されました。その後、担当の看護学の先生が転任されることになり、外国語学部を出ていたという私の経歴が着目され、指名いただきました。

しかし、私は成人・老年看護学領域の急性期看護学が専門で、国際看護学は専門外でした。外国語を学んだからといって国際看護ができるわけでもないですし、海外で看護に携わった経験もありません。そのため、まずは「国際看護」と名の付くテキストを端から読んだり、国際看護に関連のありそうな様々な学会に入ったりして、一から勉強を始めました。

井川先生がお持ちの国際看護のテキスト

その時に思ったのは、「国際看護」で扱われる領域が非常に広いということです。
例えば、「国際看護」には、途上国や欧米などの先進国のような国外での看護実践だけでなく、日本での在住外国人に対する看護も含まれます。また、そのコンテンツも、健康・発達の促進だけでなく、途上国の公衆衛生から文化人類学的な要素、言語的支援や医療保険制度などの社会システムなども国際看護の領域に当てはまります。それに異文化理解や災害支援、感染症看護なども含まれます。
当初は8コマの授業だったので、数ある分野からどれに絞ればよいのか悩みました。

色々考えた結果、世界の健康という概念の変遷で2コマ、日本で暮らす外国にルーツがある方が直面する障壁について2コマ、JICAやNPOの実践家から実際の国際看護活動を聞く2コマ、最後まとめで2コマ、といった構成にしました。

2015年から担当した国際看護学の授業ですが、今ではその重要さが学内でも認められ、約2倍の2単位15コマとなりました。その結果、メディフォンさんに協力いただいた医療通訳のシミュレーション演習なども行う時間が取れるようになりました。

遠隔通訳デモンストレーション時の様子

講義以外に演習の授業も

Q. 国際保健医療演習ではどのような授業をおこなっていらっしゃいますか

国際保健医療演習では、実際にラオスに行って、首都の国立病院や県病院、郊外の郡病院・保健センター(診療所のような場所)を見学します。現地JICA訪問や看護学校との交流、ある村でのビレッジステイにおいて、学生たちが実際に栄養指導や健康診断の補助をおこないます。2016年度からこの演習を取り入れていますが、途上国が発展していく様子や、現地の人々の健康への関心の高まり、そして新たな課題が見えることは大きな学びになります。

この演習は、良縁で出逢えたNPO法人のISAPH(アイサップ)さんに全面的にご協力いただいています。ISAPHさんは、聖マリア病院を設立母体として「パートナーシップ」を大切に途上国の保健医療活動をされている団体です。母子保健や地域の食と栄養改善に関する活動をしながら、国際協力にサステナブルに携わる人材育成にも力を入れていらっしゃるNPOです。学生が途上国でのリアルな保健活動に安全に参加するという授業が実現できたのは、ISAPHさんのご協力があったからと感謝しています。

国際医療保健演習のご様子

国際看護学はさらに専門分化し分野横断が進む学問へ

Q. 国際看護学に携わって来られて数年が経つと思いますが、当初と比べて変化を感じることはありますか?

国際保健医療に関連する専門的な学問分野がそれぞれ発展した結果、最近は国際看護学のコンテンツも学問分野として一層確立してきていると思います。また、どの分野にも言えることですが、「国際看護」の一分野のみでできることは非常に限られているので分野横断型の学習が必要になってきていると感じます。

例えば、母子の栄養バランスの偏りという問題を抱えている途上国ラオスにおいて、元々伝統食である昆虫食を活かして栄養問題を解決できないか、という考えがあります。これには栄養学や母子保健分野の知見が必要です。また、地域特性を踏まえた住民主体の継続性を考えると、文化人類学や疫学・公衆衛生分野の知識が必要です。さらに昆虫食が社会ニーズに沿えば地域振興も実現することを見据えると、経済学やインフラ整備を専門とする分野の知見があるとより効果的です。

また、国際看護学はあくまでも「看護学」なので、それを学ぶ上では、地域の人々に関心を持ち、普段の生活や健康を支える様々なヒューマンサービスや地域社会の仕組みを知ることが重要です。

例えば、途上国で道路などのインフラが急激に整備されると、バイクや車が急激に増え、交通事故による外傷が増える可能性が高まります。そうした国では、ハードインフラ整備と同時に、交通ルールの整備・周知やモラル育成、緊急時の医療受け入れなどのソフトインフラ整備が重要になります。

このように、様々な分野を複合的に考えられる教育と、他分野とコラボレーションしていける人材の育成が必要であると考えています。

良い看護を行うためには、看護以外の分野の学びが重要

Q. 国際看護に限らず看護学を学生に教える中で、何を大切にしてもらいたいとお考えでしょうか。

 「国際」看護に限らず、看護を実践するうえでは、看護以外の人間のライフサイクルに関する様々な学習や経験をしてほしいと思っています。

実際に私が臨床現場にいた際に、患者さん1人ひとりとお話させてもらう中で、人生経験が重要だと実感しました。例えば、「自分で会社を作ったが倒産してしまい、それでも苦労して育てたお子さんが遂に結婚して、孫ができた」と話してくださった患者さんが、これから手術を受けるという時に、起業の苦労や初孫誕生の喜びを知らない看護師が軽々に「術後の肺炎予防のために禁煙しましょう」と言っても、信頼も説得力もありません。
直接体験していなくても、人間が営むライフイベントや患者さんの歩んできた人生について理解しようと努力し、敬意や自分の考えをもって、人生の大先輩に接することが大事だと思っています。

ところが、起業や初孫誕生の気持ちなんかは大学では教えてくれません。だから人間のライフサイクルや日々の生活に関わるような、看護以外の分野のことは様々な人と積極的に関わり、どんどん見聞きして経験し、自分なりの考えを積み上げていくことが大切だと思います。そうすることで、「確立した個人」としての考えを持てるようになり患者さんへの向き合い方も真摯なものへと変わります。すると、患者さんに対してより信頼されるコミュニケーションができるようになると思うのです。

「看護」以外の学びを得ることで「看護」の学びも深まる、という考えで言えば、本学では、令和6年度から「ヒューマンサービスイノベーションコース」という新しいコースを立ち上げることになりました。このコースは、本学の看護学部と人間福祉学部の連携開設コースで、専門分野を横断して連携することで新たな価値を創造する、というコースです。

本コースの1年次では、他業種の活動について学び、その中での看護・福祉の専門性の活かし方を考えます。例えば、プロサッカーチームを有するスポーツクラブが行っている活動では、ゲーム中の救護やスポーツを通した地域の健康増進に看護学の知識や技術が活かされます。また行政分野では児童相談所が抱える虐待やネグレクトという課題について医療福祉の知識が活かせるところがあると思います。授業ではそれぞれ他業種の専門家から講義を受けます。
2年次では、視点を変えて、他業種の専門性を取り入れて看護・福祉分野の改革を考えます。例えば通信技術を活用した遠隔医療や、ロボット技術を取り入れた児童の健康管理などです。

看護・福祉分野で学んだ知識や技術やマインドは、人の生活を支えるあらゆるサービス分野で役立つ可能性があります。このコースを通して、看護・福祉と他分野とのネットワークを構築し、横断的な教育ができるようにしたいと思っています。

山梨県立大学ヒューマンサービスコースのチラシ

外国人とは何か?国際看護で大切にしていること

Q. 「国際看護」というと「外国人を対象にした看護」というイメージがあり、日本の医療の現場でどのように役立つか想像できないという方もいるかと思います。国際看護が日本の医療の現場にどのように活きるとお考えか、お聞きしたいです。

 そもそも「国際看護学」という学問とはなにか、あるべき姿を考えることがあります。私の専門である急性期看護の場面でも、外国人患者さんが看護の対象となることは度々あります。特殊性があるものを「国際看護学」として取り上げることは妥当ではありますが、必要以上に外国人患者を特別に扱うというのは違和感があるんですよね。
例えば、両親が日本人でも、生まれ育ちが海外で、日本語をあまり喋らないという方もいますよね。こういう方は生活習慣や文化も日本人とは異なりお名前も和名でしょう。逆に、両親が外国人でも生まれ育ちが日本で、日本語を流暢に話す方もいます。こういう方は生活習慣も文化も日本人と変わりません。また、私たちから見たら同じ「外国人」でも、日本国籍の方、在留資格のある方、観光客などの一時的な滞在者の方、医療ツーリズムで来られている方など在留理由も様々です。

看護学の分野では、同じ患者さんだとしても、その患者さんの課題ごとに、対象区分や治療種別、看護が行われる場に応じて、例えば「高齢者看護学」「周術期看護学」「臨床看護学」などと区分されます。

「外国人患者」への看護とひとくくりにするのではなく、その方がどのような方で、言語的な支援が必要な方なのか、どういう立場で日本にいるのか、何を目的に医療を受けるのかという個別性に応じてシステマティックに対応できることが本来的には重要だと思います。

井川先生が教鞭をとる理由と大事にしていること

Q. 商社で働かれていたとお聞きしたのですが、どのような経緯で看護に関わり、教鞭をとることになったのでしょうか?

子どもの頃から歴史・ストーリーを持つ宝石のロマンが好きで、そういったものを扱う商社に就職しました。しかし、2年くらい働いたら、鉱物のストーリーではなく人のストーリーを知りたい、と思うようになりました。「人にはそれぞれの歴史や生きた過程があり、それが人の見た目や立ち居振る舞いに表れている」ということに気づいたとき、もっと「人」を知って向き合いたいという思いが強くなり、看護学を勉強しようと大学に入り直しました。

看護学を学ぶと、看護学の人の捉え方に魅了されていきました。解剖や生理学などのフィジカルな知識をもとにしたアプローチと、感性や倫理観をもとに人を精神的にみるアプローチ、その人を取り巻く社会を知るという3つのアプローチから人を全人的に見るという確立された看護理論に面白さを感じました。それから看護学という学問自体に関心が向くようになり、実践と教育・研究に携わる現職に就いています。

Q. 最後に、井川先生が教鞭をとるうえで大事にしていることを教えてください。

学生と様々な分野をつなぐ存在になることです。
国際看護学を教える中で、自分が実際に国外で看護を実践した経験がないことから、自分に何が教えられるのか、と悩んだこともありました。
しかし、先ほどお話したISAPHさんの当時の担当の方に、「学生に窓を開かせてあげる存在は大事。私たち実践家は学生に窓の存在を知らせることはできない。国際看護という分野と学生をつなぐ重要なアクターとしての役割を担えているのではないか」と言っていただき、安心するとともに非常に納得できました。

これからも、学生と様々な分野・世界をつなぐ役割に徹しようと思っており、教壇に立ち続けたいと思います。


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著者情報

多言語医療ジャーナルPORT(ポルト)編集部

メディフォンは2014年1月のサービス開始以来、医療専門の遠隔通訳の事業者として業界をけん引してきました。厚生労働省、医療機関、消防などからのご利用で、現在の累計通訳実績は10万件を超えております。「多言語医療ジャーナルPORT(ポルト)」は、メディフォンがこれまでに培った知識・ノウハウをもとに、多言語医療に携わる方々のための情報を発信するメディアです。