海外の医療通訳事情は?国際比較から考える日本の医療通訳の今後
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2023.08.16
医療通訳
海外では、医療通訳はどのような制度でどのように利用されているのでしょうか。
本記事では海外での医療通訳事情について解説しながら日本の医療通訳事情と比較し、日本の医療通訳の今後を展望します。
海外の医療通訳事情の特徴とは?
医療通訳の制度や、医療通訳者の資格や報酬、また海外での医療通訳の特徴などを事例をもとに解説していきます。
海外では医療通訳が義務の国も!
アメリカなどでは英語能力が十分ではない患者さんを「LEP(Limited English Proficiency)patients」と呼びます。つまり、医療通訳がおこなわれる対象を「LEP患者」と言います。日本では対応する言葉はなく一般的には「外国人患者」という言葉が使われていますが、日本語を話す外国人がいることを考えると、日本語能力が十分ではないという意味で「LJP(Limited Japanese Proficiency)」と呼んでも良いのかもしれません。
諸外国の中には、医療通訳制度が整備されている医療通訳先進国とも言える国がいくつかあります。そんな国の医療通訳事情について、いくつかご紹介します。
オーストラリアの医療通訳事情
オーストラリアでは、1970年代の白豪主義の廃止以降、多文化主義政策にかじを切り、移民が多く暮らしています。そのため、英語の不自由な移民でも安心して医療サービスを受けられるよう、公的医療機関では、英語を話さない患者さんに対して医療通訳サービスの無料提供が義務付けられています。
歴史的には、1977年から公的医療機関における医療通訳サービスが本格的に実施され、現在では専門の教育を受けた医療通訳者による医療通訳の派遣サービスが全域で利用できるようになりました。
例えば、シドニーの西側の地域の医療区画である、Western Sydney Local Health Districtでは、94万6000人を超える住民のうち半数以上が英語以外の言語を話しています。約50名の常勤通訳者と約400名の非常勤の医療通訳者を雇用し、手話も含めた120以上の言語に対応しているそうです。
また、医療従事者と英語を話さない患者間の間の円滑なコミュニケーションを実現し、安全で質の高い医療サービスが提供されるように、医療従事者向けに医療通訳利用のためのガイドラインが作成されています。ガイドラインでは、家族・友人通訳は、誤訳リスクが高く、通訳者としての倫理規範についての理解不足の問題から、原則禁止されています。また、翻訳ツール、機械翻訳機は、その精度が十分に証明されていないことから、臨床などの場面で使用することを禁止されています。
アメリカ合衆国の医療通訳事情
アメリカでは、医療通訳制度が非常に発展しています。アメリカは多民族国家であり、全人口における国外生まれの移民の割合が10%以上であることなどが背景にあります。なお、日本における在留外国人の割合は2020年から2%を超え、徐々に増加しています。
アメリカでは、連邦法公民憲法第6章に基づき、人種や肌の色、出身国に関係なく、連邦政府の経済援助を受けた公共サービスを平等に受けられる権利が認められています。そのため、連邦政府から経済援助を受けている医療機関では、英語が不自由な患者さんには医療通訳を無料で提供することが義務とされています。
また、医療機関認定評価合同委員会 (JCAHO) と米国病院協会は、各医療機関の評価認定の条件として医療通訳の提供状況を評価基準としています。病院が評価されるためには、質の高い医療通訳サービスの提供が必要です。
イギリスの医療通訳事情
イギリスではNHS(National Health Service)という医療制度のもと、国民保健サービスが国籍や収入に問わず全ての人に提供されています。NHSの中に医療通訳も含まれており、希望する人は医療通訳サービスを無料で利用できます。
海外で医療通訳を義務付ける理由
英語圏の国々では、医療通訳の提供が義務付けられているところがいくつもあります。その理由は、言語に関係なくあらゆる人に平等に医療サービスを提供するという人道的な理由だけではなく、医療機関やそこで働く医師を守るという理由もあるでしょう。
アメリカでは、医療通訳のミスや医療通訳の用意がないことに対する訴訟例がいくつかあります。古い例ですが、1984年のマイアミでは、裁判所が医療通訳ミスによる訴訟で医療提供者に対して7,100万ドルの損害賠償を命じた事例があります。他にも、医療センターに英語以外の言語によるサービス提供がないのは公民権法違反であると訴訟が起こり、医療センターが言語対応をおこなうことで和解が成立したという事例も複数あります。
アメリカなどでは、誤訳などによる訴訟リスクから医療機関を守るために、医療通訳サービスの提供が義務付けられているといえるでしょう。
日本でもこうした訴訟が起こる可能性はゼロではありません。日本では医療通訳の設置が法律で義務付けられているわけではありませんが、厚生労働省の作成した「外国人患者の受入れのための医療機関マニュアル」では、訴訟の発生リスクなども鑑み、医療機関での通訳体制の構築について、単に利便性やサービスの問題ではなく、医療安全対策の一環として検討すべきとしています。
専門の医療通訳を利用できる体制の整備や、医療安全委員会での外国人患者対応に関する取り決めの策定などは、外国人が増える日本の医療機関において急ぎ取り組むべき課題といえます。
先進国では遠隔医療通訳が当たり前?
オーストラリアやアメリカなどでは、移民の数が多く公用語を話さない方が多いことに加えて医療通訳の提供が義務付けられている医療機関が多いことなどから、医療通訳の利用回数は日本などよりはるかに多いと言われています。
そのため、時間やコストがかかり、感染症の対策が難しい対面通訳だけでは通訳需要に対応することが難しく、電話通訳やビデオ通訳といった遠隔医療通訳が広く普及しています。
例えば、利用患者の約4割が英語を話さない患者さんであることなどから、アメリカで医療通訳において先進的な取り組みを行っているサンフランシスコ総合病院では、2006年にビデオ通訳を導入して以降、対面通訳と比較して待ち時間が少ないなどのメリットから、2011年には院内の通訳の約7割をビデオ通訳でおこなうまでに普及しています。
また、時間外の通訳や希少言語の通訳が必要となった場合には、外部の電話医療通訳サービスを利用しており、電話通訳は全体の医療通訳の約3割を占めているそうです。
また、近年は新型コロナウイルス感染症の拡大の影響で、ニーズがさらに高まりました。遠隔医療通訳の利用が増加する流れを受けて、遠隔医療通訳のトレーニングをおこなう医療通訳の関連団体が増えています。
トレーニングの主な内容は、以下の通りです。
1. 遠隔医療通訳をおこなうための設備や環境
2. 遠隔医療通訳の各場面での対応方法や留意点
3. トラブルが起きやすい事例を用いた演習
オーストラリアやアメリカなどの医療通訳が普及している海外の国では、費用や時間の節約などの理由から、10年以上前から遠隔での通訳が普及していることが伺えます。
また、遠隔通訳の場合でも高いスキルを持つ通訳者であれば通訳の品質を落とさずに通訳をおこなえるため、様々な医療通訳に関するトレーニングの機会が設けられています。
海外の医療通訳認定制度について
次に各国の医療通訳認定制度について解説していきます。
2016年に発表された厚生労働省の行政推進調査事業における報告書によれば、以下の通りとなっています。
〇医療通訳に特化した認定制度がある国 アメリカ、スイス、スウェーデン 〇医療通訳も含めた通訳全般の認定制度がある国 オーストラリア、カナダ、ノルウェー、フィンランド、オランダ、スペイン、ウクライナ、中国、イギリス、アイルランド、南アフリカ、アルゼンチン、メキシコ、ブラジル 〇医療通訳を含む通訳の認定制度がない国 オーストリア、ドイツ、ベルギー、スペイン、クロアチア、エジプト |
オーストラリアでは、NAATI(オーストラリア国家翻訳通訳認定会社)が、約6か月の研修を修了して試験に合格した人のみを医療領域専門の通訳者として認定するという制度を運営しており、医療通訳者の資格として広く普及しているようです。
また、アメリカの多くの場合、医療通訳に関する40時間のトレーニングを受けた後、医療通訳専門の資格を受験し、合格したら医療機関と契約しているシステムに登録できるという仕組みになっています。
アメリカの医療通訳のトレーニングプログラムの例としては、Medical Interpreter Training – Cross Cultural Health Care Programなどがあります。また、医療通訳専門の資格については、Certification Commission for Healthcare Interpreters、National Board of Certification for Medical Interpretersなどが挙げられます。
医療通訳専門の認定制度を持った国は多くはありませんが、医療通訳も含めた通訳の認定制度を持った国は多数あります。
なお、日本では、医療通訳の認定制度が国際臨床医学会(ICM)によって2020年に作られました。日本の医療通訳認定制度について詳しく知りたい方は以下の記事をご活用ください。
>>>「医療通訳の資格とは?医療通訳者に必要なスキル4つと育成方法を解説!」
医療通訳の資格制度の整備はまだ途上です。今後は、各国が医療通訳に特化した認定制度を設けることに加えて、国際的に統一した認定制度の整備が求められています。
医療通訳のプロフェッショナル化の動き
医療通訳の制度整備の進捗は、国によって様々であるということがわかりました。次に、医療通訳に関して世界ではどのような動きがあるのかについて、紹介します。
ISO 国際標準化機構とは
ISO(International Organization for Standardization)は、独立した非政府の国際組織で、168の国を代表する標準化機関が加盟しています。専門家を集め、その知識を共有し、市場に関連する国際規格を開発しています。
高度な内容の通訳が求められる分野ではプロフェッショナル化が進行!
ISOの中の、ISO/TC37/SC5は「翻訳、通訳および関連技術:Translation, interpreting and related technology」を扱っており、国際的な通訳の規格であるISO17100を定めています。ISO/TC37/SC5では、同時通訳とコミュニティ通訳が2種類に分かれていましたが、コミュニティ通訳の中の司法通訳と医療通訳は新たに独立しました。
より高度な通訳が求められる分野については、プロフェッショナル化の傾向にあると言われています。
医療通訳者との協働を学ぶ医療従事者向け教育の充実
医療通訳が普及しているアメリカやオーストラリアでは、医療通訳者との協働の仕方や利用方法について、医療従事者向けへの教育も行われています。
アメリカでは医療通訳者との協働の仕方を習う
アメリカは多民族国家であるため、医療通訳の需要が高く、医師を目指す人は必ず医療通訳者との協働方法を習うようです。「異文化を意識する態度」「異文化に関する知識」「異文化に対応できる技術」という3つを多文化医療に関する学修項目とし、これらの項目を臨床教育で学ぶと言われています。
オーストラリアには医療従事者向けガイドラインが存在する
オーストラリアのニューサウスウェールズ州では、医療従事者が医療通訳者を介して診療をおこなう際の標準的な手順について示したガイドラインが作成されています。通訳を利用するタイミングやその要否に関するアセスメントの方法、予約や緊急時の対応のほか、電話・ビデオ通訳を介して診療を行う際の留意点が詳しく述べられています。
また、当ガイドラインでは、家族・友人通訳は誤訳リスクが高いことや、プライバシー・倫理上の問題もあるため、使用が原則禁止されています。機械翻訳機などの翻訳ツールについても、その精度が十分に証明されていないことを理由に、臨床の場面や心身の健康情報の翻訳で使用することが禁止されています。
医療通訳者と協働するコツ
日本でも外国人患者の増加により、医療通訳を利用する機会が増加しています。海外での教育内容やガイドラインから、医療従事者がうまく医療通訳者と協働するためのコツの例を1つ紹介します。
医療通訳者が訳しやすい話し方で話す
通訳者が十分な能力をもっていたとしても、医療者が早口で話す・難解な専門用語を羅列するなどすると通訳が困難になり、誤訳を引き起こす可能性があります。
医療者と医療通訳者は、外国人患者さんへの安心・安全な医療の提供のためにともに協力し合うチームであることを意識して、通訳者が通訳しやすいように以下のような点を意識して話すとよいでしょう
・はっきり、早口にならないように話す
・一度に話す長さが長くなりすぎないようにする
・専門用語や略語はできるだけ避け、一般の人にも理解しやすい平易な言葉を使う
・主語や語尾の省略、曖昧な表現を避け、何を伝えたい(聞きたい)のかが明確な文章で話す
医療通訳者との協働のコツをさらに知りたい方はこちらをご活用ください。
>>>「医療関係者必見!医療通訳者と協働するための6つのポイントを解説」
海外の医療通訳事情から見る日本の医療通訳の今後
本記事では海外の医療通訳事情について解説してきました。
海外と一口に言っても医療通訳制度の整備状況は様々ですが、オーストラリア・アメリカ・イギリスといった国々では医療通訳の提供が義務付けられているなど医療通訳が普及しています。
また、国際的には医療という特定の分野専門の通訳である医療通訳は、他の通訳と異なって、独自の基準が作られる方向に動いているようです。
日本でも近年、医療通訳者の認定制度が創設されるなど医療通訳についての制度整備が進んできています。また、遠隔医療通訳サービスの広がりなどを契機に、医療通訳で適切な報酬を得られるケースが増えてきており、医療通訳者の待遇改善が進むことで、医療通訳者の質の向上が期待されています。
日本の医療通訳の現在地についてさらに詳しく知りたい方は以下の記事をご活用ください。
>>>「医療通訳の今後は?従来からの課題と最近の取り組みを解説!
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